学園怪談2 ~10年後の再会~

……目の前に、来ていたのだ。例の人影が。
「フウウウウウウ」
 まるで何かの動物を思わせるような吐息。そして腰から90度に折れ曲がった上半身はこちらに向いている。人間なら明らかに背骨が折れているはずの姿勢だ。その不自然に反った姿で、低い姿勢でカメラを構える七瀬の目の前に、音もなく移動してきたのだ。
「いやあああ!」
 カメラを放り出し、背中を向けて逃げる七瀬。
 ダダダダ!
 とにかく必死で走る。少し先には八田が用を足すために入って行った公衆トイレが見える。
「いやああ、先輩! 先輩ぃぃ!」
 走りながら後ろを振り返って見ると、例の人影は後ろ向きで腰を折ったままもの凄いスピードで追いかけてくる。
「きゃあああ! く、口があああ!」
 七瀬は驚愕した。長い黒髪の女性と思わしき人影……もはや化け物だが、この化け物が見せた逆さの顔は……口が無かった。いや、口はある。あるのだが、もはや唇がどうとか鼻や目とのバランスとかいったレベルではない程の広さで広がっていた。顔の下半分に大きく横断した亀裂は、そこで顔が半分に切れているのではないかという錯覚すら与えた。
「出、出たあ! た、たすけてええ!」
 トイレまでもう少しという時、男子便所の方から八田がハンカチで手を拭きながら現れた。
「たすけてええ!」
「ど、どうした七瀬! お、おおお!」
 タックルをするかのように七瀬は八田に飛びつき、二人はもんどりうって倒れた。
 ドタアア!
「で、ででで、出た! 出たの!」
 普段の七瀬からはあり得ないような力で抱きついてくる。
「お、おおお! おおおお!」
「何とかしてよ! 男でしょおおお!」
 八田は七瀬を背中に隠すと、すぐ目の前まで近づいてきている異形の化け物、口裂け女に対峙した。
「お、お、おふくろ……」
 八田の口から信じられない言葉が出ると、目の前で霧が晴れるかのように口裂け女は消えた。
「ひ、ヒグ、ヒグッ」
 七瀬は八田の背中越しに見届けると、ゆっくりと気絶した。