……しばらくして。
「ん、誰か来た!」
 七瀬の声に八田はベンチの方を見た。
 すると千鳥足で歩いて来る一人の男が目にできた。
「ばか、ただの酔っ払いじゃないか」
「すんませ~ん」
 その後も似たような人影は通ったものの、なかなか本題の口裂け女らしき人物は現れなかった。
「……ん、ちょっと」
 八田は手元のカメラを七瀬に渡すと立ち上がった。
「あ、ど、どこに行くんですか!」
 七瀬は急に立ち去ろうとする八田のジャケットを掴んだ。
「しっこだよ。ほら少し戻ったところ公衆トイレがあるから言ってくる。ここでしてもいいけど、そんな趣味はないだろう?」
「ばか!」
 八田が去ると、急に辺りを今までの静けさ以上の静寂が包んだ。
「はあ、もう0時まわってるよ~。やっぱ出ない……」
 その時だった、ベンチの向こう側、街灯の光が微かに届くあたりにカーキ色のコートを着た髪の長い人影が現れた。
「い、いつの間にあの人現れたんだろう、まさかねえ。また酔っ払いでしょきっと……」
 言葉では否定していても、心臓はドクドクと脈打ち始めた。
「もう~、まだ帰ってこないの先輩は!」
 七瀬はカメラを準備し、注意深く人影の動向を窺った。
 その人影はベンチの背もたれに手をかけると、ユラユラと体を揺らしながら体を前後に曲げている。
 ……やがてその動きは激しくなり、人間とは思えない速度で上半身が動く。それどころか、上半身の曲がりはあり得ない角度に曲がっていた。前にだけならともなく、後ろや真横にもほぼ九十度の角度で曲がっていたのだ。
「ひい、あ、あんな動き、人間じゃない!」
 とにかくカメラに撮ろうと、七瀬はファインダー越しに人影をのぞいた。
 ……しかし、見えるのは真っ暗な映像だけ。
「あ、あれ。キャップしたままだったかな?」
 しかしキャップは外れていた。
「おかしい……ひぃぃぃっぃぃ!」
 七瀬は腰を抜かした。