……野火用水。全長約24キロにも及ぶ用水路で、当時は生活用水として市民の大切な生活拠点となっていましたが、今はドブ川となってしまいました。時代の移り変わりを感じますね……まあ、別に私はそんな昔を知っている訳ではありませんけどー。
 比較的つい最近の事なんですが、去年の冬、私が自転車で大学から帰ってくる際に体験した事をお話します。
 ……秋も終わり、冬の肌寒さが厳しくなってきた頃のことです。その日は帰りの電車が人身事故で遅れたんです。
「うにゃ~、ドラマの時間に間に合わないよ~、こういう時に限ってお姉ちゃんは留守なんだから~、はあはあ」
 キコキコキコキコ。
 新座駅からの帰り道。外灯が少なく夜も9時近くなると、さすがに辺りに人気はなくなっていました。鬱蒼と茂る木々が月の明かりさえも遮ってしまって、時折走り去る車のヘッドライトだけが眩しい一瞬の光だ。
「……はぁ、もうドラマの時間には間に合わないかな。途中からみてもしょうがないし、潔く明日誰か録画した子に見せてもらうか~」
 もう間に合わないと感じた私は自転車をこぐスピードをゆるめ、弾んだ息を整える。
 キーコ、キーコ、キーコ。
「はあ、はあ……はあ」
 キーコ、キーコ、キーコ。
「はあ、はあ……」
 キーコ、キーコ……コキー、キーコキー。
「ん?」
 その時、私は自転車をこぐ音がもう一つ聞こえたような気がした。私の自転車にはミラーが着いているので、暗いながらも後ろから近づいてくる一台の自転車を確認する事が出来た。