すっかり外は暗くなり誰もいない談話室で篤希はピアノの前に座った。

何を思ったか指を置いて1音を鳴らしてみる。

そしてその音に導かれるように両手を鍵盤の上に置いて昔よく弾いたペーパームーンという曲を弾き始めた。

篤希の心境には近くない楽しげな音楽が部屋の中に充満していく。

でも心地いい。

無心になれることで少し自分の中のしがらみから解放された気がした。

久しぶりだったからか集中していた篤希は人が入ってきたことに気が付かなかった。

「意外な特技だな。」

弾き終わった後の拍手で初めて彼の存在に気付く。

「雅之。」

驚いているだろうが、そんなに感情を乱すことなくいつもの淡々とした口調で雅之が近付いてきた。

「ピアノの音がするから来てみれば…まさか篤希とは思わなかった。」

「昔習わされててさ。今はもう、これしか覚えてないけど。」

そう言いながらまたピアノに触れる、その表情は冴えなくて何かあったことが雅之に伝わった。