いい陽気の日だった。

しばらくの何気ないおしゃべりのあと、自然と黙って空を見ていた。


ひとつ、ふたつ、みっつ。雲の数を数えてみる。ラッパみたいな変な雲。お尻が溶けてる薄い雲。

こういう形とか、数とか。たぶんすぐに忘れちゃうんだろうな。

でも、それを誰と一緒に見たのかは、きっとずっと憶えてる。


きみと過ごした時間。確かに隣にいた瞬間。


ずっとずっと先の未来まで、何が起きたって大丈夫なように。

思い出が側にいてくれるように。いつだって近くにあるように。


きみの中にもあるように。願いながら。


この瞬間を、憶えてる。





太陽は、最初に寝ころんだときよりも少し低い位置に落ちていた。

時計を確認すると、日が暮れるには早すぎる時間。いつもハナが「もう帰ろうか」と言い出す時間はまだ先だ。


「ねえハナ」

「ねえセイちゃん」


呼び合ったのは同時だった。

少し驚きながら、体を起こして仰向けに寝ているハナを見下ろす。


「なに?」

「ん……俺はいいよ、すごくどうでもいいことだったから。セイちゃんは?」

「わたしは……明日お母さんの引っ越しの日だから、準備手伝いたくて、今日はもう帰ろうかなって」

「そっか」


ハナものそりと起き上がる。

そしてそのまま立ち上がって、まだ座ったままのわたしにそっと手を差し出した。


「じゃあ今日はもう帰りな。お母さんによろしくね」

「あ……うん」


握った手に引かれてゆっくり丘を下りていく。

一歩、一歩、進む先にハナが居る。見慣れたふわふわの髪が、小さなリズムで揺れている。


どうしてか。本当にどうしてか、わからないんだけど。

なんとなく、胸がざわついた。


なんだろうこの不安な気持ち。自分じゃ答えを出せないものが、体の真ん中らへんでぐるぐるしてる。

そう、ときどき不思議と思う、きみが消えてしまうんじゃないかって考えるときと、同じ気持ち。


「…………」


──ハナはわたしに、何を言おうとしたんだろう。それは本当に、すごくどうでもいいことだった?


でも、それは訊けないまま、いつも別れる公園の入り口で最後にハナと向き合った。

ねえハナ、ともう一度呼ぼうとしたけれど、


「気を付けて」


ハナが先にそう言うから、わたしは頷くしかなくて、そのままハナに背を向けた。


そのときハナは、確かに、笑っていた。