「ほら、先輩行こう?」
「…え、えっ!?」
秋君は突然私の手を引いて駆け出す。
―バシャッ!
「つ、冷たいっ!」
「冷たいくらいがちょうどいいじゃん」
海水に足をつける。
この暑さには心地良い冷たさと太陽に反射した海面の美しさ。
「蛍ちゃんにも見せてあげたかったな……」
まるでダイヤモンドのような輝きを両手ですくう。
手の中にある輝きを、空の向こうのあなたにも見せてあげたい。
「蛍ちゃん………ごめんなさい……」
両手からこぼれ落ちる海水とともに、涙も流れ落ちる。
私は、悲しんでなんていけない。
私が自分で招いた結果だったから。
「なのにっ……なんで……」
涙はこんなにも止まらないんだろう……
私は、両手で顔を覆った。
「………先輩………」
秋君は私の頭を胸に抱き寄せてくれる。
「秋君、私は……どうしてここにいるんだろう……」
どうして、私だけここへ来てしまったんだろう。
二人で見に来るはずだった海。
あれから2年もたった今も、私はあの日に捕らわれたまま……
「雛先輩……」
「私が…海に行きたいって言ったから、だから蛍ちゃんは……」
海じゃなくたってなんでも良かった。
蛍ちゃんと一緒にいたくて、だからわがままを言ってしまった。
「ただ、一緒にいたかっただけなのにっ………」
私は、永遠に失ってしまった……
「先輩、そんなの先輩のせいじゃない。前も言ったけど、そうでなくても変な話、違う理由で死んでいたかもしれない。未来は誰にもわからないんだから、誰のせいでもないよ」
「それでも私は、自分を許せないよ……」
そう、私は私を守るために罰が欲しくて、私自身を許せない。
許さずにいなければ、私は生きていけなくなっちゃうから………
「俺は、雛先輩が自分を責めてるのを見るのが…辛いよ」
秋君は私の顔を覆ったままの両手首に触れる。
「ねぇ、これから俺と過ごす時間は絶対辛いものになんかしないから………」
秋君の手が頑なに閉ざす私の手を少しずつ解いていく。
「一緒に俺と生きてよ、雛先輩」
―俺と生きてよ
私は……ずっと生きていなかったのかもしれない。
あの日に捕らわれたまま、世界を見つめようともしなかった。
秋君となら……進めるのかな?
あの時、蛍ちゃんを失った日から止まったままの私の時間から、進むことは出来るのかな……?
「俺と生きて」
「……秋君となら……」
同じ空を見て、海を見て「綺麗」だとか、どんなものが好きなのか、知りたいし知ってほしい。
「秋君の事が知りたいし、私の事……これからもっと知ってほしいっ……」
そう口にした瞬間、ポロポロと涙が溢れた。
「俺のことを嫌ってくらい教えてあげる。まず始めに、俺、先輩の顔がすごく見たい。綺麗で、可愛い先輩の顔、見せてよ」
「……私、そんな大層な顔してないよ?」
しかも泣いてて顔ぐちゃぐちゃだし……
「いいから、見せてよ、雛」
―ドキンッ
胸が甘く痺れる。
秋君の言葉はまるで魔法のように私の鎧を壊していく。
そっと、両手を解くと私と秋君は手を繋いだまま見つめ合う形になった。


