「まだ時間はある。それに、チャンスもある。今はか弱い女一人が相手だからな」



 ジーンズの後ろに差し込んである銃には、もう手を掛けている。

 だが、それを使う隙はロンは与えてはくれそうにない。

 悔しいが、ロンの言う通り、今はユイの方が分が悪いのは事実だった。



「最後に、言い残したいことはあるかね? 敬愛するボスにでも」



 ロンの言葉に、ユイは銃から手を離し、目を伏せる。



「…ないわ」

「そうか」



 ロンは、部下に合図を送る。

 部下は入り口近くに置いてあるドラム缶を何本も倒した。

 辺りにガソリンの匂いが立ち込める。

 次の瞬間、勢いよく火の手が上がった。

 もうロンの姿は見えない。

 巻き上がる炎の中、ユイは穴の開いたボロボロの廃工場の屋根を見上げる。

 そこから、青い空が見えた。



「こんな工場、すぐに潰れちゃうわね」



 ユイは苦笑する。

 次の瞬間。



ドォォォォ…ン…!!



 と、物凄い爆発音と共に、あちこちで火柱が上がった。

 ユイは廃工場の床に倒れる。

 喉が焼けるように熱い。

 もう、このくらいで意識を失ってもいいのではないか。

 ――…もう、開放される。

 ここで目を閉じれば、自由になれる。

 廃工場も、あちこちの柱や機材が、次々に倒れてくる。

 また一本、柱がこっちに向かって倒れてきて。

 ――…覚えているのは、ここまでだった。