【1】



 アジア有数の貿易都市。

 表向きは産業が盛んで、海沿いのリゾート地には年間を通して観光客が集まる活気のある街。

 だが、そこから車で数十分しか離れていない距離にあるダウンタウンの存在はあまり知られてはいなかった。

 そのダウンタウンの一角で、レンは買い物袋を片手に歩いていた。

 メモを見ながら、買い忘れた食材がないか、もう一度チェックする。

 男のクセに料理好きな同居人は、食材ひとつでも買い忘れがあると途端に機嫌が悪くなる。



「あァ!? バジル買い忘れただとォ? テメェ、あれがねェと味の深みがまるで違うんだよ。わかるか? わかったら今すぐ買って来やがれ!!」



 ……まぁ。

 作ってもらう立場なので、何も文句は言えないのだが。

 それでもどうやら、今回は完璧に買い物をこなしたようだった。

 この裏街は昼間から喧嘩や犯罪が絶えない。

 こうして歩いていても、あちこちから騒ぎ立てる声が聞こえてくる。

 だが、いちいちそんなことを気にしていたら、この街では暮らしてはいけない。

 ――…いつもなら、目もくれずに立ち去るところだったのだが。

 建物と建物の間の狭い空間で、何人かの人影が見えた。

 だが次の瞬間、一人を残して全員が地面に倒る。

 逆光でシルエットになっていて、こちらからはその姿はよく見えない。

 無意識に目を凝らす。

 立っているその人物からは見えない位置に、銃口を向けている男が一人。



「…チッ」



 素早く動き、男を手刀一発で倒した。

 面倒なことには巻き込まれたくないのに。

 何故か無意識に行動してしまい、今の行動を少なからず後悔する。



「…あら」



 肩にかかるストレートの長い黒髪を払いのけながら、今の騒動で唯一立っていた女はこっちの姿と、倒れている男とを交互に見やる。



「もう一人いたのね。どうもありがと、助かったわ」

「ん? あァ…」



 その体つきは決して屈強ではない。

 こんなか細い腕で、あの人数をあっという間に倒したというのか。

 それに、この女は荒んだダウンタウンにはあまりにもそぐわない格好をしていた。