……こんなことならお昼ご飯食べればよかった。


冷たい洗面台にへたりこみながら、数時間前の自分の行動を後悔する。


昼休み直前になり午後の会議に使用する資料に不備が見つかったのだ。


些細なミスだが見つけてしまった以上、訂正しないのは香苗のプライドが許さない。


仕事のためなら上司にも食って掛かる、仕事の鬼。


神のごとき早業で仕事を片付けるその姿から”俊神”という余計なふたつ名までもらった。


鬼なのか神なのはっきりしないのはご愛嬌。


そのふたつ名に恥じない活躍ぶりを見せたのはいいものの、昔から燃費の悪い身体は一食抜くだけでこの有様である。


「お腹すいたよ…みっくん」


独り言に答えるのはぐーと間抜けな自身の腹の音だけ。間抜け過ぎて怒りさえ湧いてくる始末だ。


香苗は怒りにまかせてスーツのポケットから携帯電話を取り出し、短くメールを打った。


”今日のご飯は3倍、おかず増しで”


メールを送信すると、目が吊り上がりそうなくらいきつく縛ったポニーテールのほつれ毛を直し、何事もなかったかのように自らの仕事場に戻る。


あと、数時間で終業時間である。


当然、香苗は俊神のごとく仕事を終わらせ、定時に帰宅するのだった。