群青色に染まる空が一面に広がり、カイムは空を見上げた。見上げた途端に雨が降ってきた。人間たちは突然の雨粒襲来に逃げ惑っている。用意していた折りたたみ傘を広げる者もいれば、屋根の下で雨宿りしている者もいた。

 やれやれ、人間というのはそそっかしい。

 カイムは一仕事終えたばかりだ。世間では詐欺師と呼ばれる人間を裁いてきた。振り込め詐欺という昨今人間界で猛威をふるっている諸悪の根源を断ち切るべく、その者の魂を喰らう。悪の魂は不味い。悪魔の僕に言われたくはないだろうが、心が汚れ、傲慢な魂ほど不味いもはない。もちろん魂を抜かれれば、人間は、死ぬ。
 
 携帯電話が鳴った。どうもこの周波数はカイムの耳に合わない。
「終わったかい?」
 悪魔界三大派閥の一つ『デス』を統括するサザンが飄々とした口調で言った。そもそも悪魔界は空前の好景気に見舞われている。なぜなら悪事を働く人間どもが多いからだ。一般的に悪魔は人に災いをもたらすと云われているが、それはあくまで悪事や不正を行っているものにたいしてだ。名もなき善行を積んでいる人間に対して、魂を喰らってしまったら、カイムの身体は消滅してしまう。人間界で悪魔に対する文献を少し読ませてもらったが、くだらない。どれも嘘っぱちだ。たまに人間の方からもこちら側に、どういうルートか知らないが連絡がくるのに。
 
 まずい、思考しすぎた。電話の相手は、待つ、のが嫌いだ。

「おい、きいてんのか」
  早速、サザンの口調が変わる。
「きいてますよ。サザンさん」
 カイムは努めて明るい口調に徹した。怒った相手にはできる限り朗らかに、天使時代に教えてもらった教訓、だ。
「ならいい。で、どうだった?すぐ終わったかい?」
 サザンの口調が元に戻った。
「ええ、最初は僕が悪魔ってことを信じてもらえなかったんですが。対象の魂を出し入れして遊んでたら、だんだん信じてくれました」
「そりゃあ、普段は人間の姿をしてるから信じてもらえないだろうな」
 サザンは鼻で笑った。鼻息が電話越しにカイムの耳に伝わってきた。
「そうしたら。『もう、悪さはしない。人を騙して金儲けなんかしない』って懇願されたんです」
「それは無理だっていったんだろう?」
「ええ」カイムは見えない相手にうなずき、「もう遅いですよ。そういうルールですから、って伝えておきました」淡々と言った。
「そのときにはもう死んでるだろ」
 ハハハ、とサザンは高笑いをした。それはなにもかもがうまくいってる者特有の笑いだった。声がよく響く。
「ぐったりしたかと思ったら安らかに目を閉じたので問題ないかと」
 カイムは自動販売機を探した。やけに喉が乾く。人間の姿とは不憫なものだ。一度にたくさんの栄養源を摂取しなければならない。だが、自動販売機はなく、雨は気づけばあがっていた。