瑛先生とわたし



「バロン、また寝てるわ」


「年寄りだからな、けど最近良く寝るな」


「大事にしてあげましょうね」


「うん……」



龍之介さんと蒼さん、顔を寄せ合ってすっごく仲良さそう。

聞いてるこっちが照れちゃうわ。



「それで、お姉さんのことはいつ発表するの?」


「来週記者会見を開くことになっています。

雑誌社とかテレビ局とか、いろいろ手配してもらって、

龍之介さんのおかげです」


「おまえの顔の広さが役にたったな」


「まぁな、無駄に交友関係が広いなんて言われてきたが、

たまにはいいこともある」


「そういうことだ」



瑛先生と龍之介さんが楽しそうに笑っている。

男同士の友情って、いいなぁ。



「それで、透くんは? お姉さんが育てるのは難しいだろう。

実家に預けるの?」


「保育園の空きがでるまで、もうしばらく私が面倒を見ます。

母は自分が育てると言っていましたが、

透は姉のそばにいるべきだと思ったんです。

私、自分の意見を言って母に初めて反抗しました」


「親子は一緒に暮らしたほうがいいよ。

だから、これまでと何も変わらないんだ」


「変わったじゃないか、龍之介が彼女も彼女の家族も守るんだろう?」


「まぁな」



あらら、龍之介さん赤くなってる。

お祝いだからと言って、先生のとっておきのワインを開けてみんなで飲んでい

たから、お酒のせいもあるけれど、 結婚式はどうするんだ? と瑛先生に聞

かれて、龍之介さんはますます赤くなっちゃった。



「俺はどうでもいいが、蒼ちゃんのドレス姿も見たいし、

どこかで地味にやろうかと考えてる」


「地味にといっても、出席者はけっこうな人数になるんじゃないのか?」


「そうだな、両家の両親と兄弟、瑛には義弟として出席してもらうからな。

瑛が再婚するときは、俺が義兄として出席するよ」


「ははっ、そんなつもりはないよ」


「瑛、俺たちに遠慮してるのなら、それは……」



突然、廊下をバタバタと走る音がして 「先生、深澤さんが」 と言いながら

林さんが飛びこんできた。



「深澤さんが事故にあわれたそうです。

いま市民センターの所長さんから電話をいただいて、

お仕事中の事故だったそうで、それで今日の打ち合わせを先延ばしにして

欲しいと」



深澤さん、どうしたの?

事故って、ええっ……大変! 


林さんの話が全部終わらないうちに、瑛先生が立ち上がって 「入院先はどこ

ですか」 と大きな声で聞いたわ。

市民病院ですと林さんの声がしたときには、先生は部屋を飛び出して、龍之介

さんも先生を追いかけた。

その背中に蒼さんが叫んだの。



「車は運転できません。タクシーを呼びましょう」



そうよ、お酒を飲んだんだもの、運転はだめよ。

わたしも必死に首を振った。

蒼さんの声に、瑛先生と龍之介さんの動きが止まって、先生がこう言ったの。



「タクシーを頼みます」


「おい、タクシーに乗るのか?」


「飲んでる、車には乗れない。早く、急いで!」



どんなときも、絶対タクシーに乗らないのに……

瑛先生の顔は真っ青で、今にも倒れそうだった。

先生の大きな声で目を開けたバロンが、くぅーんと声をあげた。