瑛先生とわたし



瑠璃ちゃんがこぼした涙を見ながら、菜々子が口を開いた。



「瑛君らしくない言葉だと思わない?」


「言われてみればそうね」



慰めるでもなく励ますでもなく、菜々子のつぶやきは私の失言をカバーしつつ、

瑠璃ちゃんの気持ちも落ち着かせるものだった。



「どこが瑛先生らしくないんですか?」



泣きながらも、疑問を聞いてくる瑠璃ちゃんもさすがね。

わからないことはそのままにしない、その姿勢が大事だから。



「瑛君、女性に告白されて ”安心した” なんて言わないと思う」


「そうなんですか?」


「好きなら好きと言うでしょうね。

その気がなければ、気持ちは受け取れないと伝えるはず。 

彼、曖昧なことは言わない人だから」


「へぇ、菜々子、瑛のことよくわかってるじゃない。

だけど、そのとおりよ。瑛はね、言葉を惜しまない男なの」


「言葉を惜しまない……そうですね。先生はいつも、どんなことでも、 

わかりやすく説明してくださいます。

では、花井さんへの言葉はどういうことでしょう」


「男と女の 好き ではなくて他の意味だったのか。

または、会話の一部だったか」


「会話の一部? 私がそれを聞いたということですか?」


「話の途中から聞いたのなら、その可能性もあるでしょう」


「そうかも……でも……」



瑠璃ちゃんの声はまだ掠れていたけれど、私と菜々子の言葉の意味を必死に

なって聞いてきた。

それから 「瑛はこういう男である」 といった話題になり、弟を肴にワイン

を2本あける頃には、瑠璃ちゃんの涙も乾き、元気を取り戻していた。



「瑛が風邪でもひいたら、瑠璃ちゃんに一番に知らせるわ。

男はね、看病されると弱いのよ」


「そうなんですか?」


「いいわね、それ! 瑛君を振り向かせるには効果的な作戦だと思う」


「でしょう? 瑛を落とすのはこれでしょう。いざ実行よ!」


「えっ、でも、瑛先生が風邪をひくとは限りませんよ」


「そこはほら、帰宅時を狙って瑛に水をかけるとか、部屋の暖房を壊すとか、

ほかには……菜々子、あんた医者なんだから何か考えなさいよ」


「えっ 私? 医者っていっても動物のお医者さんだけど」



私と菜々子のやり取りを聞きながら、瑠璃ちゃんは涙を流しながら笑って

いる。

そんな彼女を見ていると、なんとか思いを叶えてあげたいと思う。

私たちのバカ話にもつきあって 「お先に失礼します」 と、先に帰るところ

も好ましかった。

瑠璃ちゃんが帰ったあと、私たちはさらにワインを1本と、牧村さんのカクテ

ルに酔いしれて気分よく過ごした。