「大平」


誰かが呼ぶ。

振り返る前に誰かはわかった。


「上崎」

「来てくれたんだな」

「上崎が言ったからでしょ?」


と口々に言っていると、

上崎は先輩に呼ばれてどこかに行った。


上崎は先輩に連れて行かれ、

ボールを一定のリズムでトスしている。

そのボールは何の狂いもなく、カキンと言う甲高い音とともにネットに吸い込まれる。

つまらなさそうな、野球、なのに、

同じことの繰り返しなのに、

キレイな瞳が、

そんな事ない、楽しい。

確かにそう語っているようだった。


「大平!」


下月先輩の声で我に返る。


「ぼーっとすんなよ」

「え、あ…はい、
 ……って、別にぼーっとなんかしてません!」

「あぁ?
 見るからにぼーっと突っ立ってたぞ」

「先輩こそ、ぼやーっと見てたじゃないですか」

「……大平ぁ」


先輩の声の色が、少し暗くなる。


「野球、なめんなよ」

「え?」


思いもよらない言葉に、声が漏れる。


「野球、なめちゃダメだぞ」


同じ言葉を繰り返す先輩。

まるで、野球、を知っているかのような口調。