ここはこの山の入り口。そこに私とナナシはいる。

「…ん…」

「ナナシ?大丈夫?」

「ああ終わった。」

額から汗が流れている。記憶も体も戻ったばかりで、まだ上手く法力を操れないらしい。私はまだ怒りに燃えている。

「そうなんだ。でも考えれば考える程許せないよ私!あのペドロって人だけじゃなく、他の人達も!みんなで寄ってたかってさ!」

「そうカリカリすんな。もう終わった話だ。」

「………ナナシ。本当に家に来れない?」

「…ああ、まだやる事が残っているからな。」

やる事ってなんなんだろ…。嫌な胸騒ぎがする。黙ってよくない事を考えてるとナナシが私に、腰にぶら下げていた布袋を投げてきた。

「痛いよ!何?」

「やるよ。ちょっとは生活の足しにしてくれ。」

「やるって……あんなに大事にしてた商人の記憶を戻してくれた袋じゃない!お金もこんなに入ってるし。」

「銀貨30枚程度だ。受け取れ。」

「そんな…さっきも言ったけど、あなたには返しきれない程の恩がある。それを返す側の私が、この上お金なんて貰える訳ないじゃ…!」

ナナシが法力で大きな葉を作り山に登って行く。私はその後ろ姿を見てとても切なくなった。あんなに元気だった少年。一体何が起こると、こんなにも悲壮な大人になるんだ。

「ねぇちょっと!」

ナナシは振り返らない。

「また会えるでしょ?私の村教えたよね?名前も忘れないでよ!ロズ!ロズ・テックだからね!」

「名前なんて忘れるかよ。」

ナナシは振り向かずに返答する。距離は段々と離れて行き、あと1つの問答が最後だろう。なら聞きたい事は決まってる。

「名前!あんたも記憶取り戻したんなら名前位言ってきなさいよ!な・ま・え!」

ナナシは少し考え、振り返り答えた。





「ユダ」





「イスカリオテの……ユダ。」