圭二郎、32歳。

小さな工務店を営む、ありきたりの家庭に生まれた。

なんとか古い繋がりの仕事で食いつないでいた父親の仕事のやり方に批判的で新しい事をいつも考えていた。

妻となる華子と出会ったのは圭二郎が25歳を迎えた頃だった。

なかなか結婚しない息子に、父親が持ってきた縁談。

『圭二郎さんはどんな家庭にしたいんですか?』

2つ下の華子は、少し照れ笑いしながら圭二郎に話しかける。

『僕は。…』

僕は、なんだ?

圭二郎は思い浮かばないでいた。

そもそも結婚を考えていなかったのだから当然だ。

『華子さんは?』

逆の質問に華子は、すぐに応えた。

『私は、普通がいいです!子供は欲しいなぁと思っています』

圭二郎は、そうですかと小さく頷く。

『それと…』

『それと…?』

『子どもは、2人は欲しいです』

具体的な話に圭二郎は耳を傾けた。

『なんでですか?』

『圭二郎さんは、お兄さんがいらっしゃるんですよね?』

『えぇ。そうです』

『私、一人っ子だったので、兄弟が欲しかったんです。お兄ちゃんとかおねぇちゃんがいる友達がすごく羨ましかったので』

圭二郎は自分の環境を特に、特別なものと感じることなどなく、兄がいる事は、ごく自然なことだったから…。

兄弟がいないということを考えたこともなかった。

『あと、』

『まだ、あるんですか?』

『ふふっ。あるんです!』

くったくのない笑顔で話す華子。

『どんなに忙しくても、皆んなで一緒に夕飯が食べられるといいなぁって思ってます』

彼女の家もまた、小さい会社を営んでいる家庭。

あ、

そういえば…。

自分の家も。

父親と一緒の食事など、物心ついた記憶ではほとんど無いに等しかった。

忙しい。

会社の付き合い。

夜遅くまで仕事…。

家族は二の次だった、自分の父親の事を考えた。

彼の中でも、男なんてそんなもんなんだろうと思っていた。

何人かは、付き合ったこともあった。

『また、仕事?』

『記念日なんだけど』

女は勝手だ。

極め付けの一言は、

『仕事と私と、どっちが大事なの?』

この一言を言われるたびに、別れてきたのだ。

男にとって。

自分にとって。

どっちが大事???

そんな事、決まってんだろう。

どっちも、大事なんだ。

そのまま言えば、更に火が燃え上がる。

だけど、本当にそうなんだ。

だけど、女はそんな言葉を求めていない事も理解していたから。

『もう、いいよ』

結局は、この一言を相手に言わせていた結果が独身であることの答えだった。

『あの』

『なんですか?』

『僕は、仕事も。その、彼女もどちらも大事なんです』

華子は、

『そんなの当たり前です』

にっこり笑いながら続けた。

『どっちも大事にしてくれなかったら、ただの恋人です』

その一言が、頭にカキンと、響いた。

この人なら、

この子を待っていたのか?

『結婚してくれませんか?』

圭二郎は自分でも驚いた。

結婚??

俺が?

なかなか、返事をくれない彼女。

すこし、眉毛が下がった。

だめなのか?

だめなのか??

『よろしくお願いします』