「……で、こういう仕上げでいいか」
「うん」
念入りな打ち合わせを終えて聡士は資料を閉じると、小さく息を吐いた。
「指輪、つけてやんないの?」
「え?」
不意に言われ、一瞬言葉の意味が理解出来なかったけれど、いつかつけていた指輪の事だと分かった。
付き合っていた頃、大翔から貰った指輪。
どうしても捨てきれなくて、取っておいたものだった。
「覚えてたの?」
思わず苦笑いが出る。
あの時は、聡士に流されまいと、半分自制のつもりでつけていたけれど…。
「今こそ、つけてやれば喜ぶんじゃね?それとも、新しいのを買ってもらう?」
「そんな…。まだ、そこまでは」
指輪を持っている事すら話していないのに。
指輪なんてつけたら、絶対に後戻りは出来ない。
次こそは、大翔を裏切る事は出来ないのだから…。
「なんだかんだで、やっぱりフラフラしてるんだな」
「どういう事?」
「前にも言ったろ?由衣は、男も何もかも見える部分しか見ない。いろんな意味で”見た目重視”ってやつなんだよ」
そんな風に言われて、返す言葉もない。
だけど、見える部分を見て何がいけないのだろう。
「見えない部分って何?そこまで知っていいわけ?」
だったら、聡士がひたすら隠している一香との関係を言ってやろうか。
そんな事すら思ってしまう。
私に見えている聡士は、一香との関係を疑う余地なんてない。
だけど、見えていない聡士は一香と関係を続けているのだから。
考えれば考えるほど、いらだつ私に聡士は呆れ顔で言ったのだった。
「人の気持ちってやつだよ。由衣はいつだって、自分が中心の考え方なんだ。いい加減気付けよ」
何よ…。
自分だって、自分中心じゃない。
どっちが人の気持ちを考えていないのよ。
悔しい。
結局、聡士は私をそんな風にしか見ていなかったんだ。
自然と、涙が頬をつたう。
「泣き落としは通じねえからな」
「慰めて欲しいんじゃないわよ…」
「え?」
自分でも驚くくらい、低くて暗い声が出た。
「悔しいのよ。聡士と時間を無駄にした事が!!」
外に声が聞こえているかもしれないのに、声を荒げる自分がいる。
それでも、抑えきれなかった。
「このプロジェクトが終われば、もう関わらないから安心して。二度と、聡士とは関わらない」
茫然とする聡士に、そう捨て台詞を吐いて部屋を出た。
幸いにも、誰にも聞かれていない様で安心した。
こんな時にも、聡士を想ってしまう。
憎いと思う反面、誰よりも応援したくて足を引っ張りたくなくて…。
支えたいと思ってしまうなんて…。

