「おはようございます」
まぶたが重い。
会社へ行くのが、こんなに苦痛だと思ったのは初めてだ。
今朝は、普段より早く家を出た大翔に、どうしても今夜の約束を重ねてしまう。
一香と会う為に早く出たの?
仕事を早めに終わらせる為?
そればかりを気にしながら出社をすると、オフィス内はいつになくざわついていた。
「何?」
みんな、一様に驚いた顔で何かを話している。
一人、乗り損ねた私に、亜子が声をかけてきた。
「由衣、来て!」
「えっ?」
乱暴に腕を引っ張られると、給湯室へと連れて行かれたのだった。
「ちょっと、どうしたのよ?」
亜子にしては、珍しく動揺している。
「聡士くん、夏からニューヨークに転勤になるんだって!」
「え…?ニューヨークって、アメリカ?」
「そうよ!今朝から、その話で持ち切りなのよ」
そんな話、聞いてない。
それに、聡士はまだこの会社に来て浅いのに、もう海外転勤なの?
「今朝、誰かが上司と聡士くんの会話を聞いたらしいわ」
誰かが?
全く、上司もそんな不用心に話をしないで欲しい。
「それで、聡士は…?」
「今、会議室で上司と話をしてる」
「そう…」
なぜだか、胸がドキドキする。
緊張で、鼓動が一気に早くなった。
「最近、由衣との噂も落ち着いたし、いよいよって感じなんじゃない?」
「う、うん…」
本当に、私との噂はネックだったんだ。
香水をやめたり、一香にキスをしたりしたのも、本人には海外勤務の話が、もうすでにあったからなのかもしれない。
「決定って事?」
そう聞くと、亜子は宙を向いた。
「私には分からないけれど、噂では決定みたいな事を言っていたわね」
「そうなんだ…」
でも、もし決定なら一香はどうするの?
だから、あの日キスをしていたの?
一香を連れて行く為に…。
そう考えていて、ハッと気が付いた。
もしかして、大翔に相談する内容ってこの事なんじゃないの?
一香には海外勤務の話をしていて、それで迷っているとか…?
それなら、納得が出来る。
だとすると、大翔も聡士の転勤は知るわけで…。
また、私だけがのけ者なんだ。
そう思うと、忘れかけていた疎外感を思い出す。
話しかけてみようかな…。
海外勤務の話を聞いたよって。

