お風呂もそこそこに、部屋へ戻った時には、大翔は何事もなかったかの様に、テレビを見て笑っている。

「大翔…」

呼びかけた私に、大翔はソファーからゆっくりと振り向いた。

「ああ、由衣。ゆっくり出来たか?」

「うん。温まれた」

「なら、良かった。お前も見る?この番組面白くてさ」

バライティー番組で、私も好きなものだ。

普段なら大笑いをするところだけど、とてもそんな気になれない。

隣に座わってみても、さっきの一香との電話が気になってしまう。

もし、私が明日の夜何かに誘ってみたら、大翔はどうするだろう。

「ねえ、大翔。明日の夜は、外でご飯を食べない?」

どう答える?

すると、大翔は申し訳なさそうな顔を向けた。

「悪い。明日は仕事で遅くなりそうなんだ。別の日でもいいか?」

「仕事…。そう…」

嘘をついた。

仕事じゃないよね?

一香と会うんだよね?

もし、やましい約束でないなら、正直に言ってくれてもいいのに。

仕事だなんて、まるっきり嘘じゃない。

それに、私より一香との約束の方が大事なんだ。

何でよ。

何で、みんな一香なのよ。

「つまんないよ大翔」

「ん?どうした?」

大翔を困らせたいわけじゃない。

でも、もう自分でも苦しくて仕方がなかった。

「テレビじゃなくて、私を見てよ」

一香じゃなくて、私を見てよ。

聡士も大翔も、どうして私を見てくれないの?

「由衣?」

あきらかに、いつもと違う雰囲気に戸惑っているのが分かる。

それでも、自分を止められなかった。

気が付いたら、私は大翔にキスをしていた。

「ねえ、もっともっと、近くに感じてよ私を」

「どうしたんだよ。変だぞ?」

私を離し、大翔は怪訝な顔をした。

「変じゃないよ」

変なのは大翔じゃない。

もう嫌だ…。

涙が溢れ、大翔の手にこぼれ落ちた。

「由衣?」

「キスもしちゃダメなの?」

「そうじゃないよ。ただ…」

ただ何よ。

一香と話したばかりだから、その気になれないとでも言いたいの?

「もういい…」

自分が情けなくなり、立ち上がった私の腕を、大翔は引っ張った。

「嫌がっても、やめないからな」

テレビを消し、大翔はソファーに私を押し倒したのだった。