私がみんなの恋の中心?
いまいち、自覚はないけれど、どういう意味なんだろう。
そんな事を頭に巡らせながらアポを済ませ、会社に戻った時には、すっかり遅くなっていた。
オフィスは人がまばらで、その中でも聡士は戻ってきていた。
「佐倉、お疲れ。お前、調子いいじゃん。大口契約ゲット」
デスクへ着くと、聡士が笑顔で声をかけてきた。
「ありがとう」
素直に言いたいのに、あのキスシーンがどうしても脳裏に焼き付いて離れない。
帰り支度を急ぐと、カバンを取りオフィスを出ようとした。
すると、
「ちょっとだけいいか…?」
聡士に呼び止められたのだった。
「何?急ぐんだけど」
二人きりにはなりたくない。
呼び止められて、緊張してしまう。
「すぐだから。ちょっと来て」
そう言われて連れて行かれたのは、オフィスを出て廊下奥にある非常階段だった。
どうやら、非常階段が好きらしい。
「何?人に聞かれたら困ること?」
わざと冷たく言うと、聡士は困り顔になった。
「そんな言い方するなよ。話しが出来ないだろ?」
「私は別に話しをしたくないの」
「そんなに俺を気嫌いするってことは、完全に大翔とはやり直すんだ?」
「それを聡士に言う義務はないと思う」
自分でも驚くくらい、可愛くない言葉が出てくる。
だけど、もう聡士に振り回さるのは嫌だった。
疲れるし、苦しいし…。
何より、本気で好きになるのが怖いから。
「だけど、今夜も大翔の家に帰るんだろ?」
「…うん」
いつの間にか、習慣の様に大翔の家に帰っていて、着替えなども置き始めた。
付き合っている頃も、同棲はしていないまでも、大翔の家に居る時間の方が多かったのだ。
返事だけをして目も合わさずにいると、聡士はため息をついた。
「分かった。俺が迷惑なら、もうこんな風に話をかけないよ。その代り…」
「その代わり?」
「大翔とやり直すなら、あいつを本気で大事にしてやって」
「え?」
その言葉が、胸に突き刺さった。
”本気で大事にして”って、今まで大事にしていない様な言い方に聞こえたからだ。
「そんな事、聡士に言われたくない」
捨て台詞の様に言って、その場を離れようとした時、聡士が腕を引っ張った。
「お前と大翔が幸せになる事は、みんなにとって大事なことだから」
「大事…?」
それは、一香が関係しているから?
一香が大翔を好きだから、忘れられる様に私と完全にくっついて欲しいって?
もう、そうとしか考えられない。
聡士の手を思い切り振りほどくと、扉を開けたのだった。
「余計なお世話なの。もう、こんな風に二人きりになるのは迷惑だから」

