聡士は忙しく外回りをしているようで、会社には戻ってこなかった。
たった昨日、聡士との関係を終わらせただけなのに、もうずっと遠い過去みたいだ。
帰り支度を整え、エレベーターに向かう途中、給湯室に亜子の姿が見えた。
まだまだ、残業をする様で、一息ついているところだった。
「由衣、お疲れ様。今から帰り?」
「うん。大翔と約束してるの」
そう言うと、亜子はホッとした様な笑顔を浮かべた。
「そうなの。楽しんできてね」
「ありがとう」
これでいいんだと、改めて感じる。
自然、普通。これが、一番…。
ビルを出ると、それまで冷たく感じていた夜風が、少し温かく感じる。
季節が変わる頃には、私の周りも変わっているのかもしれない…。
車のヘッドライトを眩しく見ながら、大通りに目を向けるとタイミング良く大翔の車がやって来た。
路肩に停車をすると、運転席の窓が開く。
「ごめんな。待った?」
「ううん。私が早く来ただけだから」
笑顔に笑顔で返し、早々と助手席に乗り込む。
車内は、聡士の車とは違った落ち着いた香りがする。
こんな部分にも、性格って出るんだなとしみじみと思った。
「大翔の家はどの辺りなの?」
「うん。ここから遠くはないんだ」
「ふぅん…」
窓から外を眺めていると、どこかで見た様な景色だと気づく。
どこで見たっけ?
大通りを抜けて、少し静かな場所へと入った時に分かった。
この先には、確か聡士の家があるはず…。
その瞬間、鼓動が一気に速くなった。
そうよ。
ここは、聡士の家がある…。
そして、その予想通りに、聡士の家から路地1つ分中に入った場所で、車は止まったのだった。
「さっきの広い道があったろ?あそこに聡士の家があるんだよ」
「そ、そうなんだ。二人、近い場所に住んでたのね」
体が震えそうなくらい動揺をしながら、シートベルトを外す。
「どうした?由衣、顔色悪くないか?」
「ううん。大丈夫よ。それにしても、聡士の家が近いなんて、すごい偶然ね」
「ああ。あいつが地元に戻るってなった時にさ、一人暮らししたいって言うから、空いてる部屋があるよって俺が教えたんだよ」
そうなんだ…。
二人は、そんなに仲がいいの?
「だから、たまに偶然会うんだよ、あいつと。近くにコンビニにがあるから。ちなみに聡士の実家は、一香の家の近くだしな」
「えっ?そう…。一香は一人暮らしなのよね?」
「うん。そうだよ」
みんな、住んでいる場所まで近いわけ?
一体、どうなっているのよ。
ため息をつきそうになった時、大翔が突然キスをしてきた。
「ん…!どうしたの?」
昔から、こんな強引な事は全然なかったのに。
不意打ちを受けて、思わず体を押しのけてしまった。
「悪い。だけど、由衣が目の前にいて、もう我慢も限界なんだ」
そして、無理やり体を引き寄せ、再びキスをしてきた。
狭い車内で、体の密着度も凄い。
おかしい。
こんなの私が知っている大翔じゃない。
「待って…。息が出来ない…」
乱れる呼吸を整えようと、顔をそらした時、窓の外に人影が見えた。
誰かいる!?
とっさに我に返ると、少し遠く離れた場所から聡士がこちらを見ていたのだった。
「そ、聡士…!」