亜子は興味本位で聞いているのではなく、真剣に話しをしてきた。
「由衣、何かあるんでしょ?教えてくれない?」
その緊迫した様子に、こちらは完全についていけていなかった。
「ちょっと落ち着いてよ。何で、急にそんな事を聞くの?」
すると、亜子はハッとした様にいつもの冷静さを取り戻した。
「ごめん…、つい…。だけどね、由衣と聡士くん社内で噂になり始めているのよ」
「う、噂!?」
それは初耳だ。
「そうよ。二人仲がいいでしょ?仕事が終わってからも、一緒にいる所を見たって人もいるし」
「ええっ!?」
そう言われてみると、聡士との待ち合わせは、うかつ過ぎたかもしれない。
営業ばかりの課にいるのだから、誰かがどこかにいるものだ。
見られていても不思議じゃない。
「社内でも、聡士くんて由衣にだけは馴れ馴れしい感じだし…」
「そ、それは…」
私も少し感づいていたけれど、あえて気にしない振りをしていた。
というより、そうして欲しかったから。
「あっ、由衣。誤解しないでね。二人が付き合ってるとかなら、それでもいいと思うのよ。ただ…」
「ただ?」
いつになく真剣な顔で、亜子は言ったのだった。
「聡士くんて、上司からもかなり期待されていて、いずれは海外赴任とかも打診されているみたいよ?」
「そ、そうなの…?」
自動車メーカーという事もあり、海外拠点はたくさん。
もちろん、海外赴任だって当たり前にある。
まさか、聡士にそんな話が持ち上がっているなんて…。
「だからね、変に噂だけなら、彼にとってはデメリットというか…」
なるほどね。そういう事か。
社内恋愛に寛容な会社とはいえ、浮ついたイメージを持たれたらマイナスだ。
「それに由衣だって…」
「私なら大丈夫よ。海外赴任の話なんてないし。それより亜子、聞いてくれる?」
結局、私と聡士は、ただすれ違うだけの関係で終わるんだ。
ほんのひと時、甘い夢を見ただけで…。
「どうしたの?」
それなら、亜子には何もかもを打ち明けよう。
一香の事も知っているのだから、理解が早いだろうし…。
「あのね…」
もう、いいや。
聡士の事をこれ以上考えるのは、疲れる…。

