「別に…」
「別にって…」
全然、“別に”って感じじゃないのに。
それでも追及はせず、それからしばらくは、お互い黙々と整理をしていた時だった。
「何で、先に帰ったんだよ?」
ふいに聡士が、そう呟いた。
手を止める事はなく、淡々と作業は進めている。
だけど私は、思わず手を止めて、聡士に駆け寄ったのだった。
「だって、着替えに帰りたかったから…」
「だったら、声をかけてくれれば良かったろ?」
「それは…。あまり気持ち良さそうに寝てたから、起こしちゃ悪いと思って」
何を必死に言い訳をしているのか分からないけれど、聡士が何かを誤解している気がして、それが嫌だった。
だけど、聡士はそれ以上何も言わず、また作業を始めたのだった。
「ちょっと聡士!何か言いたい事があれば、ハッキリ言えばいいじゃない」
何かが不満そうなのに、それを表に出して何も言わない事に、無性に腹が立つ。
すると聡士は、ゆっくりと私の方を向いたのだった。
「二人きりだと、ちゃんと名前で呼んでくれるんだな?」
「え!?」
そう言われればそうだ。
自分では自覚をしていなかったけれど、いつの間にか当たり前の様に“聡士”と呼んでいる。
すると、聡士は少し嬉しそうな顔をして、私の目の前に立ったのだった。
「何で、勝手に帰ったんだよ。俺、結構ショックだったんだけど」
「あ…、その事…?」
それを、そんなに気にしていたの?
意外な言葉に、しばらく呆気に取られてしまった。
「由衣、何とか言えよ」
「何とかって、さっきも言ったじゃない。寝てるのを起こすのが悪いって…」
「本当に?」
「本当よ」
聡士は一体、何をそんなに気にしているのだろう。
すると、ゆうべと変わらない温かい手で、そっと私の頬に触れたのだった。
「まさか、無かった事にされるんじゃないかって、思ってしまった」
そう言う聡士の顔は、どこか赤くなっている。
「無かった事になんて、するわけないじゃない…」
むしろ、忘れられない…。

