「はあ…」

唇を離した時には、息が切れていた。

そんな私を、聡士は強く抱きしめる。

受け入れてはダメなのに、それでも抵抗が出来ない。

いっそ、アメリカまでの間、疑似恋人になってしまおうかという気にすらなってしまった。

「気持ち良かったんだろ?」

ニヤっと笑った聡士に、思い切り睨み返す。

だけど、それも無駄な抵抗だった。

「手を回してきたのは、お前の方だからな」

「別にいいもん…」

「ほら、そうやって可愛くない事を言い始めたら、お前らしいんだよ」

大翔や一香が言っていた、聡士が私を好きって言葉が、頭をちらちらかすめる。

本当にそうなら、やっぱり嬉しい。

こうやってキスをされる事も、抱きしめられる事も全然嫌じゃない。

だけど…。

それも、こうやって近くに居るから思えること。

遠く離れて、また一香が頭をかすめたら?

そんな事で言い合いになったり、聡士を疑うなんて事はしたくない。

「聡士、私たちは夏でお別れよ。アメリカに行ったら、数年は帰ってこられないんでしょ?」

それくらいの知識は、この会社にいるのだから知っている。

特に、聡士の様な有能な人なら、十年以上滞在する事だって珍しくない。

「それは…」

途端に表情を曇らせた聡士は、小さく俯いた。

「まあ、今だけって事よね。こんな事が出来るのも」

「由衣!」

「そうでしょ?私も特に嫌じゃないし、彼氏もいないし、別にいいわよ。アメリカまでの間、聡士とこんな関係を続けていても」

なんて自虐的な事を言うのって、正直辛い。

いいわけないじゃない。

全然良くないわよ。

でもこう言えば、聡士ももう私を本気で軽蔑するだろう。

それなら、それがいいかもしれない。

「何だよその言い方。体だけの関係を止めようって言ったのは、由衣の方だろ?」

「それは、大翔との事があったから。今の私には、それがないもの」

そう言うと、聡士はしばらく黙り込んでしまった。

そして、静かに口を開いたのだった。

「本気なのか?由衣」

「本気よ。そういう煩わしさのない関係もいいと思うから」

「そっか。よく分かったよ。お前の性格ってやつが」

吐き捨てるように言うと、聡士は乱暴にドアを開け、先に戻って行ってしまった。

かなり不愉快に思ったのだろう。

分かり易いくらい態度に出る人だ。

「ごめんね。聡士…」

足早にオフィスに戻る聡士の背中を見つめながら、ぽつりと呟いたのだった。