「さようならって…」

茫然とする聡士に、小さく笑ってみせた。

「別に付き合っていたわけじゃないのに、さようならってのもおかしいけど」

「やり直さないって事か?」

「うん。やっぱりお互い、気持ちが違ってたみたい。あっ、指輪返し損ねちゃったな」

そんな私を見て、聡士は表情を険しくした。

「そんな、平気でいられることなのか?お前、大翔が好きだったんだろ?」

「好きだったのは、二年前までよ。二年の間で、私たちは変わったの。それだけよ」

「誰が原因なんだ?あいつ、あの夜は…」

そう言いかけて、聡士は口をつむいだ。

もしかして、一香と会っていた事を知っているのだろうか?

「何か、知っているの?」

もう今さらだけど、カマをかけて聞いてみる。

「いや、ちょっと似た奴を見ただけだから」

ほら、こんな時でも一香を庇っているじゃない。

やっぱり、聡士の中では、一香の気持ちは浄化しきれていないのよ。

そんな人と恋愛をしても、最初の堂々巡りをするだけだ。

「もういいの。聡士が心配する事じゃないよ。私と大翔がそれでいいって決めたんだから」

「何だよその言い方。俺が心配しちゃいけないのか?」

「そうじゃないけど、へんに心配ばかりしないでってことよ」

じりじりと近づいてくる聡士に、少しづつ後ずさりをする。

まずい。

変な空気になり始めている。

ここはもう、出なきゃいけない。

「話がそれだけなら、もう戻ろうよ」

非常階段のドアノブに手をかけた時だった。

同時に聡士の手が、私の手を掴んだのだった。

「は、離してよ聡士」

「お前、何か隠してるだろ?」

「か、隠してるって?」

もう!変な時に勘が鋭いのだから嫌になる。

「何かだよ。誤魔化してるというか、俺に対して妙によそよそしくないか?」

「考え過ぎよ。いつも通りじゃない」

「いつも通りなら、お前はもっとムカつく態度を取るんだよ。こんなに愛想がいいのがそもそも変だ」

どんな捉え方なんだろう。

それにしても私って、そんなに悪態ばかりをついていたのだろうか?

「言えよ、ちゃんと。俺は気になって仕方ない」

「何で?いいじゃない。放っておいてよ」

すると、聡士は強引に引っ張り、そして唇を重ねたのだった。

「や、やめて」

こうなるから、二人きりになるのは気を付けなきゃいけなかったのに。

「嫌なら、もっと抵抗しろよ。そしたら離してやるから」

そう言う割には、舌をどこまでも絡めてくる。

こんな事をされて、抵抗出来るわけないじゃない。

いつの間にか聡士の体に手を回していた私は、久しぶりに感じる唇の感触を離せないでいた…。