「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって。そんなに心配しないでよ」
大翔の電話が終わってから、帰り支度を始めた私に、聡士は心配そうな声をかけてきた。
ちょうど良く仕事が休みなのだから、一人で過ごしたい。
聡士と過ごしていたらまた流されそうだし、だからといって大翔の顔はまだ見たくない。
そんな勇気が出ないからだ。
「送るけど…」
いつになく優しい聡士に、こっちが笑ってしまう。
「だから、大丈夫だって。変な事はしないから」
「由衣がそこまで言うならいいけど…。何かあれば、遠慮なく言えよ?」
「ありがとう」
本当に聡士には感謝だ。
少しだけ、心が軽くなった気がする。
「じゃあ、また会社でね」
玄関を出る間際、それでも心配そうに私を見る聡士が、初めて心から愛しいと思ってしまった。
だけど、もう流されない様にする。
大翔の事も、一香と聡士の関係も、何もかも解決が出来ていないのだから。
外へ出ると空は雲一つなく晴れ渡っていて、そよ風も温かく心地いい。
ついこの間まで雪が降っていた冬とは思えないほど、春が近づいている匂いがする。
いつになったら、この空の様に心が晴れるのだろう。
空を見上げながらため息をついていると、
「あれ?由衣じゃん」
少し懐かしい声がした。
「あ…、琉二」
まさか、こんなところで会うなんて。
初めて会って以来、連絡すらしていなくて、記憶も半分消えかけていた人だ。
「もしかして、聡士の家から帰り?」
「え?いや、あの…」
しまった。
早く帰れば良かった。
聡士のアパートの前で、空を見上げている場合じゃなかったかも。
「へぇ…。由衣もなかなかやるな」
ニヤッとした顔で、琉二はそう言った。
「そんなんじゃないわよ」
人の気も知らないで…。
やっぱり、この人って苦手。
「じゃあ、私は帰るから」
身を翻してその場を立ち去ろうとした時、琉二が呼び止めたのだった。
「休みの日のこんな中途半端な午前中に帰るってことは、ゆうべは聡士のところへ泊まったんだろ?」
「だったら、なんなのよ」
体の力が抜けるのを感じる。
いちいち、人の行動を見透かす様な事を言わないで欲しい。
せっかく心が軽くなったと思ったのに、溜め息しか出てこない。
「ということは、何かあったんだろ?たぶん、大翔絡みで」
「どうして、そんな事が分かるのよ」
どこまで鋭い突っ込みなの?
本当、琉二って人は気が抜けない相手だ。
「だってさ、悩みがあるなら大翔に相談するだろ?それが聡士ってことは、大翔には言えない事。つまり、大翔が絡む内容だから」
わざと理屈ぽく言うと、得意げな眼差しを向ける。
”間違っていないだろ?”という言葉が聞こえてきそうだ。
「だとしても、琉二には関係ない」
ぶっきらぼうに答えると、琉二は引くことなくむしろ押してきた。
「思った以上に絡み合ったみたいだから、教えてあげるよ。由依が知りたい事を」