ところがそう思った矢先に、思いがけないことが起こった。


 ―――それは、さき子さまがうちへ来られてから、何日も経たない小雨の日。
 日新館から戻られたはずの兄さまが、庭の濡れ縁から大声で私を呼んだ。



 「おい、ゆき!ちょっと来てくれ!」



 何事かと私は縁側まで赴く。



 「お戻りなさいませ。どうされたのですか?兄さま……」



 言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 そこには、したり顔の兄さま。そして―――その後ろには。

 兄さまの向こうで、傘をさして立っていたのは。



 「利勝さま……っ!」



 名を呼ばれて、ためらいがちに見上げるそのお顔に、不思議と私の心は温まる。


 今度は冗談じゃなく、本当に?本物の利勝さま………?


 兄さまは笑みを含んでおっしゃった。



 「雄治がお前に話があるって言うから連れてきた。
 おい、上がっていけよ」