さき子さまは苦しそうなくらい笑い続けたあと、やっと私に教えて下さった。



 「あのね、あの子は小さい頃から、英雄や豪傑の武勇伝を聞くのが大好きでね。
 お話に出てくる彼らがみんな、通称の次に名があるのをあの子はいつも羨ましがってた。
 だから日新館に入学するとき、“自分にも英雄のような名を下さい!”って、父上に懇望してね。もう大変だったのよ?」



 その時のことを思い出してか、さき子さまはこらえきれずに再び笑いだす。



 「それでね、仕方なく折れた父上が『利勝』という名を与えたの。あの子ったら、大喜びで!
 『利勝』って呼ばれなきゃ、返事もしなかったほどなのよ!」



 ………驚きで声が出なかった。



 兄さまにも名がある。兄さまの名は、光芳。

 (はやし) 八十治(やそじ) 光芳(みつよし)

 でもそれは実名だから、私などが呼べる名ではない。
 実名は主君や父親など、限られたお方しか口にしてはいけないから。


 けれど『利勝』と言う名は、ご自分から所望して、お父上さまから特別にいただいた名だから、口にしてもよろしいのかしら?


 だからこそ利勝さまご自身も、あえてその名で呼んでほしくて、『利勝』と呼ばなければ返事をしなかったのではないの?



 ………知らなかった。



 そんな大切な名を、私に教えて下さっていたなんて………。