兄さまは出迎えもせず、声をかけたのに返事も振り向きもしない私を叱ることはなかった。
静かに近寄り、となりに腰掛けると、私の顔を覗き込む。
その目はいつもと変わらない優しさが滲んでいた。
「なんだ、お前もしかして、いじけてるのか?」
「………」
「ゆーき?」
ふてくされた私の顔を、さらに覗き込む。
「いっ……いじけてなどおりません!ただちょっと今は考え事をしていたところで!」
口を尖らして抗弁する私に、兄さまは苦笑した。
そして私の耳元で、ささやくように声をひそめる。
「……実は、表で雄治が待ってる。呼んでこようか?」
「えっっ!!?」
その言葉に、思わず兄さまの顔を見る。
兄さまは珍しく、いたずらっぽく笑った。
(……んっ?)
「あ…っ!兄さま!嘘つきましたねっ!? 什の掟に違反してます!」
嘘に気づくと、弾かれたようにハハハッと声をあげて兄さまは笑う。
「軽い冗談だ。見逃せよ」
「ダメです!しっぺいです!」
怒った私はパチン!と、兄さまの手の甲を叩いた。
兄さまは、「痛てっ」 と漏らしながらも笑顔を崩さない。
なんだか呆れてしまって、私の顔にも思わず笑みが浮かんだ。
「……もうっ!」
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