この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜

 


利勝さまの固く閉じられたまぶたの下を、何かが頬を伝った跡が見える。



(利勝さま……泣いておられたのですか……?)



その涙に、どんな意味が込められていたのだろう。



涙だと思うと痛々しくて、帯に挟んだ手拭いを取り出し、その跡と汚れを拭う。



そして今度は自分の手で、利勝さまの頬にそっと触れてみた。



初めて触れた、利勝さまの頬。
それはとても滑らかで、とても冷たかった。



それでもなぜだか、私は幸せを感じていた。



心は不思議と凪いだように穏やかで、こんなに触れても怒られないことに、クスリと笑みさえこぼれてしまう。



生きておられたなら、「何してんだよっ!? 勝手に触るなっ!!」 って、真っ赤になって怒鳴っていたでしょうに。



(びん)も手で撫でて、乱れた髪をきれいに整える。

そうして乱れたところを丁寧に直すと、静かに語りかけた。



「利勝さま……。お約束通り、形見をいただいてゆきますね。必ずや、お母上さまにお渡しいたしますから……」



つぶやいて、右腕に巻かれた藍色の手拭いをほどき、丁寧にたたんで懐にしまう。



それから手に握られた小刀をそっとはずすと、冷たくなったその手を、両手で温めるように包み込んだ。





私を導いてくれた手。

とてもとても 大好きな手。





ごつごつとした固さは変わらない。
けれど、ぬくもりはとうに失われていた。



「………」



待っていても、握り返してくれるはずもないその手を、惜しみながら静かに地面に下ろす。



気を取り直して、利勝さまの腰から抜いた鞘に小刀を納めようとしたけれど、それらが合わないことに気づいた。



(……え?納まらない……?)



どうして?と、小刀を見つめる。
するとその小刀に見覚えがあった。



(これは……、この小刀は、兄さまのものだわ!)






「……ゆきさま!」



まつに呼ばれ、後ろを振り返る。

まつも兄さまを探していたらしく、遺体をひとつひとつ改めながら、こちらに近づいてきた。



「どうやら八十治さまは、ここにはおられないようですね」



まつは青い顔ながらも、少し安堵したように声をかけてくる。

けれど私は首を振った。



「……いいえ。兄さまもきっとおられるわ。もっとよく探しましょう」