…………あ。なんだろう。





「……兄さま?」



いま、
兄さまに呼ばれた気がした。



私はおもむろに立ち上がる。

するとすぐ、
まつに呼び止められた。



「……ゆきさま!
外に出ては危のうございます!」


「……でも今、兄さまの声が」



私がそう言うと、
まつは目を見開いたあと
それを伏せて表情を暗くした。



「……ここらへんは すでに、
西軍の占領下に
なっているはずです。

先程様子を
見に行ってきた村人も
そう申しておりましたでしょう?

……きっと 空耳ですよ」



「でも……」 と、
なおも腰を下ろさない私を
まつは目だけで制止する。



「ならば、朔じぃに近くを
見てもらってきましょう。

朔じぃ、お願いできるかしら?」



母さまの声に、
「はい、奥さま」と、
朔じぃが腰を上げた。



朔じぃが行ってしまうと、
私は仕方なく腰を下ろす。



「ゆきさまは
吾郎をお願いします」



言うなりまつは、
自分の腕に抱いていたものを
私に押しつけてきた。



まつから預かったのは、
この春まつが産んだ
大切な跡取り息子の吾郎ちゃん。



眠っている吾郎ちゃんを
なかば強引に腕に抱かされ、
私は身動きがとれなくなった。





…………兄さま。




今 どうしておられますか?

利勝さまも
すぐおそばにおられますか?





どうか どうか、
おふたりとも
ご無事でありますように……。