冷たい水と、洞穴の中にこもる冷気。
視界を覆われた暗闇のなか、それらのせいで、さらに手足の感覚も失いそうだった。
身体にほんのわずかしか残されていない熱も、この冷たさにすべてが吸い取られてゆく気がする。
………命のともしびさえも。
つかんだ雄治の手が冷たい。
「……おい、雄治?」
返事はない。
雄治の足はほとんど歩いておらず、流れに委ねているようでその身体がひどく重い。
受けた傷が水に浸かって、血がどんどん外に流れ出ているのかもしれない。
胸の中が焦りでざわつき、気づいたら 怒鳴っていた。
「……おい!利勝!! しっかりしろ!!!」
声は、冷えた空気に研ぎ澄まされ、辺りにキンと響く。
前にいた隊士が振り向く気配がした。
「……あ。驚いた……」
まるで、うたた寝していたのを起こされた時のような、雄治の声が聞こえる。
それとも 本気で意識が白濁してたのか。
(――――だが、よかった。生きてる)
「……今。一瞬 兄上に叱られたのかと思った。
まさかお前が、その名を呼んでくれるなんてな……」
顔は見えないが、雄治は笑っていると思った。
―――“これからは、俺のこと『利勝』と呼んでくれ!”
お前にそう言われたのは、いつ頃だったか。
たしか親しくなって、まだ日が浅かったと思う。
ずっと欲しいと望んでいた新しい名を、やっと父親からもらえたのだと誇らしげに語るお前に、俺はわざとその名を呼ばなかった。
『名など どう呼ぼうが、お前はお前だ』
俺がそう言うと、お前は残念そうに肩をすくめただけだったな。
最初は面白がって『利勝』と呼んでいた仲間達もだんだんと飽きてきて、ほとんど誰も呼ばなくなったというのに。
雄治の兄と、そして ゆきだけが、その名を 呼び続けた。
.

