強清水を過ぎたところで、我々は隊長の指示に従い穴を掘った。

塹壕(ざんごう)を作るためだ。

穴を掘るための(くわ)(すき)は味方の軍から借りてきて、それぞれ手にしながら必死に穴を掘る。


もう七ツ(午後4時)頃だろうか。
天が雨雲に包まれているせいか辺りは暗い。


隊長の指示だからと黙って従ってはいるが、誰しもが不満を募らせていたことだろう。



「こんなところで穴なんか掘ってないで、もっと前進して敵を迎え撃ったほうがいいとは思わんか?」


「もちろんだ。塹壕なんか掘って、ここで敵を待っていたら夜になっちまう」


「隊長は俺達が若いからと、戦闘に加えることをためらっておられるんじゃないのか?」


「もしそうだとしたら、いらぬ気遣いだよな」



誰からともなくそんな声が聞こえてくる。

一緒に穴を掘る雄治も、同じように文句を並べていた。


遠くも近くも聞こえる銃声に、皆 焦りを感じながらも黙々と作業をこなす。


雨を吸った土は重く、作業は思った以上に難儀な仕事だった。
それでも何とか皆で力を合わせ、塹壕を作り終える。



闇はどんどん迫ってくる。それにこの風雨だ。



ずぶ濡れになって隊長の次の指示を待っていると、味方の陣地から戻った隊長は、「この場所は敢死隊(かんしたい)に譲り、我らは前進し敵を挟み撃ちにする」と告げた。


そこで、戦線には斥候(せっこう)(※敵情や地形などの偵察にゆく兵士のこと)を差し向け、農兵・商兵で編成された敢死隊に塹壕を譲ることになった。



一度 敢死隊の陣地へ寄った我が隊に、兵士達はずぶ濡れになった俺達を火のそばにあたらせてくれ、食糧も分けてくれた。

握り飯 ひとつずつ。それしか行き渡らなかったけれど、穴堀り作業で腹が減った俺達にはそれでも有り難かった。


俺達は舟石茶屋で携帯していた食糧を預けてしまっていたから、誰も食べるものを持っていなかったのだ。


昼から何も口にしていなかったから、皆 そのひとつしかない握り飯を喜んで口に入れる。


この時だけ 笑顔が見えた。


となりにいた雄治も腹が空いていたのか、あっという間に握り飯をたいらげる。


俺は緊張しているせいか、あまり腹が空いてる感じもなく、握り飯の味もあまりよくわからないまま飲み込んだ。