母さまは掴まれたその手を振り払おうとなさるけれど、まつがそれを許さない。

 しばらくふたりは睨み合う。

 私は母さまの足にしがみついたまま、ふたりを見守ることしかできなかった。

 まつは声を強めて言う。



 「今 死んで、お殿さまの何のお役に立てましょうか!どうか希望を捨てないでください!

 八十治さまは、奥方さまに生きていてもらいたいのですよ?そのお気持ちを無下になさらないでほしいのです!

 それに……それに、いかなる理由があっても、母親がわが子の命を摘み取っていいはずはございません!」



 まつは母さまをしっかりと見据える。

 まつは本気だ。

 本気で兄さまのお気持ちに応えようと、刀に怯むことなく母さまを説得しようとしてくれている。



 「お願いです……!母さま……!! どうかまつに、刀をお渡しください!! 」



 私も必死で懇願した。

 まつは母さまを安心させるようにできるだけ優しく微笑むと、まるで小さな子供をあやすように語りかける。



 「奥方さま。私は今こそ長年の恩を、林家にお返しする日がきたと思っております。
 貴女さまとゆきさまは、何があっても必ずや、このまつがお守りしますから」

 「……まつ……!ああ……ああっ……!!」



 張り詰めていたものがぷつりと切れて、母さまの瞳からいくつもの涙がこぼれ落ちる。

 懐剣を持つ手が緩み、すかさずまつがそれを受け取った。

 その場に崩れ落ちた母さまは、私を抱きしめて大声で泣いた。