その表情は、あらゆる感情を押し殺していた。

いつもの慈愛に満ちた母さまのお顔じゃない。

ただただ武家の妻女であろうとする、厳しいご覚悟を決められたお顔。


そんな母さまに戦慄を覚える。



――――私を、刺す気だ。



そんなことありえないと笑い飛ばしたいのに。

母さまの瞳が、そうさせてくれない。



「わかりますね、ゆき。これが会津の武家に生まれた者のさだめなのです。
林家の名を汚さぬよう、潔く果てましょう。母もあとから必ず参るゆえ」



母さまは私を見据えたまま、ゆらゆらと立ち上がる。

じりじりと詰め寄られる距離を何とかしようと、こわばる身体を後退させながら震える声を出した。



「お……落ちついて下さい!母さま!まだ敵が城下へ攻め入ると決まった訳ではございません!!

ご家中の方がたが、必ずや敵の侵攻を防いで下さります!!
そのためにご老公さま御自らご采配を振るいに、滝沢本陣までご出陣されるのです!!

それに…それにもし、お父上さまと兄さまがお戻りになられた時はどうなさるのですか!?」



私の必死の言葉も、母さまの耳には届かない。

虚ろな瞳のまま、母さまは開け放たれた障子の向こうへ視線を向けると、か細い声でおっしゃった。



「ほら……聞こえるでしょう?不安と恐れで混乱する民達の声が。
民は正直です。敵はすぐそこまで来ているでしょう。

今死なずして期を逃したら、敵に捕らわれ家名を汚してしまうやもしれません。
そうなるよりは……きっと、旦那さまも許して下さるでしょう」



脇でゆらゆら揺れていた懐剣を持つその手が、おもむろに振りかざされる。


母さまは 哀しく微笑んだ。
その目から、一筋の涙をこぼして。



「ごめんなさいね? ゆき。お前をこのように産んだ母を……許してね?」

「母さま……!!」



私の目からも涙がこぼれ落ちる。

 

そんなことはありません。

ゆきは。ゆきは、母さまの娘に生まれて本当に幸せでした。


母さまが私を産んでくれたから。

そして 母さまが、お父上さまに嫁いでくれたから。


だから私は、兄さまに出会うことができた。

利勝さまに出会うことができた。


そして 恋をすることができた。


そのすべてが、母さまのおかげなの………。