母さまは、なぜかこちらを振り返ろうとなさらない。
私に背を向けたまま、ぽつり ぽつりと言葉を漏らす。



「………ゆき。私は、生まれた時から足の悪いお前の幸せを、ずっと願っておりました。

普通の娘と同じように幸せになってほしいと、ただそれだけを望んでいました。

……しかし、時代はそれを許してくれないのですね」


「……母さま……?」



母さまがゆっくりとこちらを振り向く。


涙に枯れた、その虚ろな瞳に宿るのは。





――――絶望。





「……母さま……!?」



異変に気づいて、思わず後ずさる。


こんな怖い顔の母さまを、私は見たことがない。



母さまが手にされていたのは、すでに袋から取り出された懐剣。



その鞘がゆっくり引かれると、刀身があらわになり、ギラリとあやしい輝きを放つ。



「お父上も八十治さんも、戦地へ向かわれました。
残された私達の役目はこの国難に殉じること。
お城へ行っても、いざ籠城戦となれば足の悪いお前は皆さまのご迷惑になるばかりでしょう。

それならば、敵の手にかかるよりも、この母の手でお前を送ってやります」