そんな兄さまの笑顔を見つめながら、私は包丁を動かしていたのでしょう。



 「……あっ」



 軽く痛みが走り、私はつい指先を押さえた。



 「どうした?指を切ったのか!?」



 声に振り向いた兄さまは、指を押さえる私の姿を見て表情を一変する。

 さっきの嬉々とした顔が、一瞬で消えた。



 指先を見つめる私に板間から下りて駆け寄ると、「見せてみろ」と、すばやく私の手を取る。



 「あ……大丈夫です。爪を削いだだけでした」



 私が言うと、指先から出血していないこと確かめてから、兄さまはホッと表情を緩めた。



 「……まったく!肝が縮んだぞ!本当にゆきはそそっかしいからな!」



 ………肝が縮んだのは、私のほうです。兄さま………。



 「……申し訳ありません……。あの、兄さま。初陣おめでとうございます……」



 頭を下げてお祝いの言葉を述べると、兄さまは私の肩にぽんと手を置いた。



 「ああ。俺がいないあいだ、お継母上を頼んだぞ!」



 そう笑うと兄さまは板間に上がり、母さまにお辞儀してお部屋へと戻っていった。



 その背中をただ見つめる私に、母さまはため息をつく。



 「そんなに心配せずとも大丈夫。若殿さまの護衛としての出陣なのだから。
 砲弾飛び交うような危険な戦地に、若殿さまを向かわせることなど、あるはずはないでしょう」

 「は……はい。そうですね。そうですよね」




 ――――そうよね。きっと きっと大丈夫。




 一生懸命、くりかえし自分の心に言い聞かせる。