「それでは私、失礼しますね」
無事に手拭いを受け取ってもらえたので、私はお辞儀をして早々に帰ることにした。
もう陽が沈んで、西の空だけが橙色に輝いている。
先に利勝さまとふたりで眺めた夕焼けを思い出しながら帰ろうと、おふたりに背を向けたとき。
「おい。待てよ」
ふいに利勝さまに呼び止められ、驚いて私は振り返った。
まだ不機嫌そうなお顔の利勝さまと目が合う。
「送っていく。陽も落ちたのに、お前をひとりで帰らせるのは不安だからな。
どうせ八十に黙って出てきたんだろ?
こんな時刻に出てくるのを、八十が許すはずない」
「……はい。けど、ご迷惑じゃ」
「仕方ないだろ」
利勝さまは呆れたようにため息をつく。
「そうね。それがいいわね」
さき子さまも頷いた。
「姉上、そういう事ですから出かけてきます。母上にもそうお伝え下さい」
さき子さまが承知したとばかりに頷くと、利勝さまはそのまま下駄を履いて玄関に降り立った。
「行くぞ」
そうおっしゃると、さっさと私の脇を通り過ぎる。
「は……はい!」
私はぺこりと頭を下げると、手を振るさき子さまを背に利勝さまのあとを追った。
思わぬ幸運が舞い込んで、私は戸惑いながらも、ドキドキと鼓動が高鳴る。
利勝さまの背中を 追いかけてゆく。
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