この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜




 「まつが 恋……?」



 『恋』というその言葉に、兄さまは戸惑いの表情を見せる。

 けれどそれはすぐに消え、毅然とした態度で言い放った。



 「だからと言って、それが何になる」



 私が聞きたい いつもの穏やかな声ではなく、ひどく冷たい 突き放した声だった。



 「恋というものほど、無用で邪魔なものはない」



 そう言い捨てる。



 「兄さま……⁉︎」



 まさか兄さまが、そんなふうにおっしゃるなんて。

 思いもよらなかった私は衝撃を受けた。


 言葉を失う私に、兄さまはさらに続ける。



 「恋なんかして、それでどうなる?所詮(しょせん)は親の決めた相手と夫婦(めおと)にならなければならんのだ。恋などすれば妨げになる」


 「……兄さま。兄さまは恋をしたことがないのですか?」



 まつが嫁ぐと決まった日。
 兄さまはひどく淋しそうだった。


 もしかしたら 兄さまも、まつと同じ想いを抱いているのかと思ったのに。


 兄さまは無表情のまま、庭に視線を向けた。


 その横顔からは、感情を読みとることができない。


 やがてため息を落とすと兄さまは口を開いた。



 「……俺は、父上が決めた女子を妻に迎えてこの家を守る。それが嫡男の役目だ。
 父上のお言葉は絶対なんだ。俺達が親に逆らうことなど許されない。恋など不要だ」



 兄さまは庭に向けていた瞳を、ゆっくりと私に向けた。