まつは台所から土間を通り抜けて駆けてゆく。
私も後を追う。
まつは勝手口から外に出ると、隣家との境にある垣根の前で立ち止まった。
何度も何度も、袖で涙を拭っている。
「……まつ」
私が声をかけると、まつはゆっくり振り向いた。
少し赤い目で私に微笑む。
「……ダメですね。ここを離れるのかと思うと、不安で心がくじくのです。
こんな私が知らない家でやっていけるのかと」
「……ほんとにそれだけ?本当は違うんじゃないの?まつは本当は、兄さまと離れたくないんじゃ……」
まつは何も言わず、目を伏せる。
でも私は、気づいてしまったの。
これから嫁ぐまつに、兄さまは、“幼い頃してくれた約束はもう必要なくなった” と伝えた。
まつが兄さまのためにしてくれた約束なのに。
自分はもう大丈夫だから、これからは自身のために幸せになってほしいと。
兄さまがまつの幸せを願っておっしゃった言葉。
けれどまつにとって、その言葉はどれだけ悲しく響いただろう。
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