季節は、若葉芽吹く初夏へと移りゆく。



「ゆき。お使いを頼みたいのだけれど、どうかしら、行けるかしら?」



母さまに言われて、私は縫いものをしていた手を止めた。



厩町(うまやまち)の楠さまのお宅に、仕立て直したお着物を届けなければならないの。
私はまだ急ぎの仕事が残っているから、八十治さんが戻ったら一緒に行ってもらいなさい」



母さまは、その裁縫の腕が評判を呼んで、あちこちから着物などの仕立てをお願いされることがたびたびありました。

そんな母さまは、あまり家の外に出ない私を心配してか、仕立て上がったお着物を届ける時に一緒に連れだしたり、

ときどきこんなふうに、お使いと称して私に外を歩かせようとなさいました。



心から心配して下さる、母さまの気持ち。

それが わかるから。



私は幾度となく断っていたお使いに、今度は行ってみようと決心した。



「お任せ下さいっ。楠さまのところでしたら、母さまに何度か連れられて、ゆきも道を覚えておりますから!
兄さまを待たなくても、私ひとりで大丈夫ですよ!」



ぽんと胸を叩き、そう元気に答えてみせる。



「ひとりで」と言ったら、途端に心配顔になる母さま。



「本当に大丈夫?八十治さんが戻ってからのほうが……」

「いえいえ!ゆきがひとりで行きます!心配なさらないで下さい!」

「ならせめて、まつを同行させて……」

「平気です!」



母さまの言葉を、私は元気に遮った。



そうよね。いつまでも閉じこもったままではいられないもの。

母さまや兄さまに、心配かけてばかりいられない。



私は荷物を受け取ると、勢い勇んでお使いへと出かけた。