囲炉裏で沸かしたお湯でまつの分のお茶を淹れると、すぐ兄さまの部屋へと急ぐ。
こぼさぬよう注意深く足を進める私の耳に、まつの声が聞こえた。
「……小さい頃から八十治さまは、少しもお変わりありませんね」
昔を懐かしむように障子の向こうから響くそれが、いつもと違う感じがして、なぜか私の足は止まった。
「小さい頃からお菓子をいただくと、必ず私に分けて下さりました。
“ひとりで食べてもつまらない。誰かと分かち合うほうが、その味がよく分かる”――そうおっしゃられて。
私はいつも八十治さまに助けられてばかりでした」
すると、兄さまの笑う声が返ってくる。
「何を言う。助けられたのは俺だ」
「まあ……とんでもございません。私など、何のお役にも立てませんでした」
「いや、そんなことはないぞ」とおっしゃいながら、お茶をすする音がすると、兄さまは静かに語った。
「まつ……覚えているか?母上が亡くなった時のことを。
俺はまだ七つだった。
母上のいない淋しさで、毎日隠れて泣いていた俺に、まつは言ってくれた。
“泣かないで下さい。母上さまの分まで、私がおそばにおりますから。
私はけしていなくなったりしませんから”―――と。
この言葉が、俺にとって、どれほどの救いになったことか。まつは知らないだろう?」
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