まつはそれからも、いつもと変わらない様子で働いていた。
時どき 母さまが呼び寄せては、お裁縫や簡単な読み書きなど、嫁ぎ先で困らないよう指導することがあるくらいで。
そんなまつが、この屋敷を去るまであと五日という日。
日新館から戻られた兄さまが、めずらしくどこにも出ずに屋敷に居られたので、私は兄さまのお部屋にお邪魔して、童子訓の素読を教わっていた。
そこへまつが、お団子とお茶を運んできてくれた。
「奥方さまより、たくさんいただいたから、柔らかいうちに召し上がるようにと」
兄さまは腕をうーんと伸ばして大きく伸びをすると、まつに対して笑顔を向けた。
「助かったよ、まつ。ゆきの呑み込みの悪さに、ほとほと呆れていたところだった」
「まあ!兄さまったら!」
私はふくれっつら。
そんな私達に、まつも微笑んだ。
※童子訓……五代藩主・松平容頌公が編纂・著した「日新館童子訓」(上下二巻)のこと。
※素読……声を出して文字だけを読むこと。すよみ。
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