『利勝』さま。



 私も本当は、親しみを込めてそう呼びたい。

 だって利勝さまが、教えて下さった名だから。

 利勝さまご自身が、とても大切になさってる名だから。



 でもあれから、利勝さまと特別親しくなった訳でもなくて。

 お互いの屋敷で顔を合わせれば、挨拶を交わす程度でしかなくて。



 距離は変わることなく、四年の歳月が過ぎていた。



 それでも最初の頃は、私も「利勝さま」と呼んでいた。



 けれどある日、利勝さまを含めた兄さまのご友人がたが屋敷を訪れたとき。

 私が何気なくご友人がたの前で、「利勝さま」と呼んだら、



 「おい 永瀬!お前、八十治の妹にまで、自分をそんなふうに呼ばせてるのかあ?」



 ……なんて言われて、からかわれてしまって。



 あの時の利勝さまのお顔。「余計なことを」と、不愉快そうだった。



 あれ以来、迷惑に思われていそうで、利勝さまを「利勝さま」と、呼べなくなった。