――何で?

ってか一体何者だ?このシンって男。


そのギターの音色からマイクを
そして歌声からはケイを……

たった一人の人物から
Deep Endの主要メンバーの二人を
こんな風に思い出すことになるなんて。


心の中にザワザワと
焦燥感に似た感情が走り抜け
不快な汗が首筋に流れる。


技術は当たり前に高くて
聴く者全てを虜にするかのように

フロアに鮨詰めの観客を
上空へと掻き立てるシンの歌声が
更に体内を侵食し始めた時

震える腕が
俺のジャケットを頼りなく握り締めた。


「………リョウ。
私……気持ち……悪い」


その声に一気に意識が正気に戻って
右側に目を向けると

暗闇でもわかるほどに顔を青ざめたアキが
口元を押さえながら
俺の腕にしがみついてて


「ッ!オイ!アキどうした?
大丈夫か?」

「………」

「……じゃあ、外出るか?」


その言葉に微かに頷いたのを確認して
俺はアキの身体を抱えるようにして
ステージに背中を向けた。


すると歌の合間に耳に届いたのは
Deep Endの曲のギターのあるフレーズ。


それは多分アドリブで
シンが勝手に入れたであろう物。


まるでアキの正体を
知ってるかのようなタイミングで
聴こえたその音に

言いようもない不安と嫌な予感に
全身を覆いつくされながらも

俺は振り向く事もなく
アキをしっかりと抱き留めながら
足を前に進めることしか出来なかった。