幸せになってくたびに、大切なものが
掌から砂のように消えていった気がした。
だから、悲しい今を乗り越えれば
大切なものは、また戻ってくると、強く願っていたかった。
「……ぉ、なか……空いた」
ぼんやりする視界の中でそう呟いた。と、同時にお腹がぎゅるるるっと鳴った。
「起きて第一声がそれとか、呑気だよな……」
「脱水と寝不足だってさ。気分は平気?」
先に喋ったのは、郁馬だ。安堵の溜め息と一緒に呆れた声色。
次に喋ったのは、剛さん。俺を心配する優しい声色。
「今、何時ですか?」
「もう授業は終わって放課後だよ。よく寝たから、クマが薄くなってる。よかった」
ベッドから起き上がり、座って剛さんを
ぼーと見つめていたら
頬に温かく包む感触がした。……あ、頬に手、添えられたんだ。
いつもなら、嫌だから
振り払うけれど、今はそんな気力さえない。
剛さんにされるがまま触らせていたら、剛さんの動きが止まった。
もう撫でてくれないのかな。
首を傾げたら、「気安くコイツに触らないでください」と剛さんじゃなく郁馬が言葉を発した。

