広末は当時の部下である。現在は仕事を辞めてしまった私は近所の子達のピアノの先生で、彼とは本当にもう接点など無かったのだ。


なのに、彼はなぜこんなところにいるのだろう。

しかも本当にあの時は業務の内容以外は話してはなかった。プライベートなことなど一切話してなんかいない。



「先輩、どうして俺の前からいなくなったんですか」

「その発言はおかしいでしょ?ただ上司が会社を辞めただけなのに」

「俺のことが嫌いになったくせに」

「意味わからないんだけど」



強くいい放つと、若干おののいたように身体を離してまじまじと広末は私を見つめた。その目には涙を浮かべている。


「先輩は俺のこと結局何にもわかってない!!」

叫び声は廊下に響き渡る。痛そうにヒステリックに。
もう夜中なのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

静かに心を燃やして、叫ぶなりしゃがみこんでメソメソしている広末の脛を軽く蹴る。
「いっ」僅かに顔を歪めたのをしっかりみやる。

「さっさと入って。」

思った以上に低いひんやりとした声が出て、びびったのか大人しく中にすごすごと入っていく。……………あぁ、どうにでもなれ。思わずため息が漏れた。