僕のとなりは君のために

「お前ら、いい加減にしろ!」

僕たちの沈黙を破ったのは、山田の小父さんだった。

「イチャイチャしやがって! 自分の立場がわかってんのか! あぁ? だから最近の若者はダメなんだよ! 少し場所をわきまえろ!」

自分を棚に上げて、小父さんは僕たちに怒りをぶつけた。

そういえば、この人はふられてこんなことをやっている、と今更思い出した。

「動くな!」

小父さんが僕の首に当てたナイフを持ち直した。

首筋から温かいものが流れ落ちていく。

それが、血だと直感した。

「やめてぇ!」

君が叫ぶ。

「やめて・・・・・・お願い」

僕は初めて君の弱々しい表情を見た。

いつも強気の君。

いつだって自分を信じて疑わない君。

そんな君が、瞳から一筋の雫が流れ落ちた。

「やめて・・・・・・あなたにだって大切な人間はいるでしょ? だから、だから・・・・・・」

君は僕の為に、泣いている。

「うるせぇよ・・・・・・俺だって・・・・・・俺だって・・・・・・だけど、もう芳子は俺を捨てたんだ」

君の言葉が小父さんの琴線にふれたのか、小父さんは急に泣き出したのだった。

「俺はな、なんの楽しみも知らなかった男だ。高校卒業してすぐに今の会社に就職して、以来三十年間黙々と働いてきたんだ。

 決して頭がいいほうじゃないから、三十年働いたって今だヒラさ。一人で食べる分にはなんとかやっていけたけど、こんなじゃ誰も嫁に来てくれないと思った。

 しかし、芳子は俺に人生の楽しみを教えてくれた。初めて会ったあいつは、まるで天使のようだ。彼女と手を繋いだときは、もうドキドキしたよ。そして何度か会うに連れ、俺はあいつを好きになったんだ。あいつも俺を好きになってくれたと思った。

 人生がこんなに素晴らしいものだと、初めて感じた」