「人の生活は平々凡々でも、実は中身がぎっしりと詰まっていて、何もない日々でも思い出すと、小さな微笑が結構あったりするんだ。本当の幸せは、きっと宝くじで一億円当たるよりも、こういう小さな幸せの積み重ねのことを言うんだよ」


そして、僕は奈美子の日々は幸せだった。

結末はどうであれ、僕らは真剣に向き合って、泣いて笑った。

それで十分だ。今は、そう思う。

僕の視線が海から空へ、空から君の顔へ移した。

君は静かに泣いている。

ハンカチで涙を拭きながら、紅茶をすすった。

「そんなことが・・・・・・ごめんね。嫌なことを聞いちゃったね」

「ああ。いい。僕も多分誰かに話したかったんだ。ちょっとすっきりした」

照れくさそうに僕は笑ってみた。

そういえば、こんな笑みをしたのは久しぶりだ。それに、こんなに人と喋ったのも久々の気がする。

「よし!」

君はなにを思ったのか、拳を握り締め、偉大なる決意でも抱いているような目で僕を見る。

涙の跡は、もうどこにもない。

なんか、嫌な予感がする。

「今日から私が恋人になってあげる!」

案の定ともいうべきか、君はとんでもないことを言い出した。

「なんでそうなる・・・・・・」

頭痛がしてきた。

「だって岳志、寂しそうにしてるから」

君はさも当たり前のように言う。しかもいつの間に僕を呼び捨てにしている。

「いやいや。そういう問題じゃなくて。僕と君は知り合って二日も経ってないんだよ」

「出会ってからの時間が問題じゃない。ほら、一目惚れってあるでしょう?」

「よく言うよ。酔ってたくせに」

「・・・・・・嫌なの?」

「えっ」

君は僕を直視した。

もう君の顔から笑みが消えた。いよいよ冗談が冗談ではなくなってきた。

「殴られるので、お断りしまっ・・・・・・」

言い終わらないうちに、目の前に何かが動いた。

顔面の衝撃と共に、それが君のゲンコツであることがようやくわかった。

またこういうオチかよ! と思いながら、僕は頭から地面へと落ちる。