僕のとなりは君のために

(2)

「あの日、僕はダムが決壊したように喋り続けた。ゲームのこと、好きな音楽のこと、学校のことと友達のこと。突拍子もなく、言葉が次から次へと飛び出た。なんだか、話が終わった途端に、彼女“じゃあ”って言って、帰るのが怖かったんだ」

僕は最後の一口の紅茶を飲み干すと、カップをテーブルの上に置いた。

「彼女はどんな反応だった?」

君は両手で頭を支え、心の底から微笑むように、母性溢れる表情を浮かべた。

君の事、あらためて可愛いと思った。

可愛いと思ったので、僕は視線をそらした。

「奈美子は至って冷静だったよ。あまり喋らなかった。どっちかというと、僕の話をずっと聞いててくれたんだ」

「幸せだった?」

「ああ。とても幸せだった。しかもその日の帰りに、奈美子は道端で猫を拾ったんだ」

「猫・・・・・・」

「ああ。小さな灰色の猫。名前は『さくら』にしようって彼女が言い出して、そのくせに自分の家じゃ飼えないから、僕に飼って欲しいって言ってきたんだ。もちろん、すぐにOKにしたよ。この猫がいれば、彼女は時々僕の元に訪れてくれる。そう考えたんだ。さくらは僕にとって、幸福の招き猫なのかもしれないって」

僕は笑って、君に視線を投げた。

君はなぜか顔をうつむかせ、肩を震わせていた。

「どうした?」

僕が君に言葉をかけると、君は顔を上げてくれた。

なぜか君の笑顔が痛ましかった。君の瞳の下に、微かな涙の輝きを僕は見逃さなかった。

「大丈夫」

君は両手でバタバタと左右に振ると、

「続けは? 奈美子さんとは、今も会ってる?」

と言った。




「いや、もう・・・・・・彼女は、いない」