話を戻そう。
僕が音子と出会ったのは、ちょうどそれから一年後のことだった。

僕は高校を卒業し、地元の大学に進学した。彼女は都心の大学に通い、いずれそこで就職して、幸せな家庭を築くのだろう。

二度と会うことないのに、僕は彼女を忘れずにいた。なにせ、初めての恋人だったので、忘却の川はそう簡単に僕の心を荒い流してくれなかった。
僕は沈み、目に見えるほど憔悴し、何ごとにも消極的になっていった。
鏡で映し出した自分は笑えるほどの変化を遂げ、冴えないやつがますます変人になっていた。しかも、トドメを刺すかのように、家で可愛がっていた猫すら逃げ出してしまう始末になった。

下校時、駅のホームに立って行き交う電車を呆然と見つめ、自分はなんのために生きているのだろうと考えた。

電車が僕の立つホームに滑り込んできた。大きな口を開いて、そこから凄まじい人の数を吐き出す。
喧騒は人の数と共に、世界を飽和状態にしていく。みんなが自分の居場所を確保するために、肩と肩をぶつけ合いながら前へ進む。

男子高生が僕の足を踏み、謝りもせずに通っていく。
しばらく呆然と踏まれた足を見つめる。
ふと死にたくなった。
生きる目的なんてなにもない。
そう考えると、身体の力が一気に抜けていった。
電光掲示板を見ると、次の電車が来るのは五分後だ。
まぁいい。残り人生が五分だろうと、五十年だろうと、所詮たどり着く場所はみな同じだ。

僕は駅員に見つからないように、そっと足を白線の外側に踏み入れ、静かに待った。

横を見るが、誰も僕を気にする様子はない。
最後の別れのつもりで、僕は笑ってみた。
隣にある柱に有名な白い犬の顔がデカデカと張り付けられ、口が裂けたまま、僕を眺めている。

ちくしょー、見るな!

憎たらしくなった。愛すべきキャラクターも気分次第では大きく印象が変わることに気付いて、どこか他人事のように感心している自分がいた。

ふと、白い犬の前を通りかかった人物に目が止まった。
黒くて長い髪が印象的だった。ローズピンクのセーターと紺色のジーンズ姿が僕の既視感を呼び覚ました。

その人物も僕のように、白線の外側に股を入れようとしている。ふらふらとおぼつかない足取りで線路に向かっていく。

音子、思い出した?
それが君だよ。